水上バスは両国からお台場を往復する便が主な路線だが、今回乗ったのはそこからさらに有明運河を抜け、一路西に向けて航海し、葛西臨海公園に到着する便だった。
終点の船着場から上陸すると、望遠鏡を構えた女性たちが船の沖側の人工なぎさの方を眺めている。聞くと、ミヤコドリの群れがいるという。望遠鏡をのぞかせてもらうと、なるほど、白と黒の体に真紅の長いくちばしと足をもつ美しい水鳥がなぎさを歩き回っている。
名にし負おはば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしや
江戸時代のはるか以前、今から1100年以上も昔の『伊勢物語』の舞台となった隅田川で詠まれた鳥が、時空を越えた未来都市の浜辺でいまも戯れている。
「人工なぎさが造成されて20年経ちますが、すごく色々な生きものたちが戻ってきていますね。ものすごい種類のカニや、色々な貝、冬場は渡り鳥もたくさん来ます。観察の方法を知ると、東京湾の豊かさがもっともっと身近になりますよ」
こう語るのは葛西臨海水族館の教育普及係長を務める松山俊樹さんだ。戦後しばらくまでの東京湾は自然の浜辺が豊かに残り、ハマグリがごろごろといて素足で歩くと痛くなるほどだったらしい。
「それが失われて久しいですが、いま、取り戻そうとしています。そのためには、住民である都民の皆さんがもっと東京湾に親しんで、そこの環境を意識する以外に方法はないと思いますね」
水族館の展示施設の目玉はマグロが群泳する大型水槽だ。水温25℃の表層面から、3℃の深さ1000mの深海までを瞬時に移動するという特殊な進化をした巨大なマグロをこれほどの規模で展示する施設はないらしい。
「本当はね、一緒に泳いでいるカツオのほうが、マグロよりも飼育が難しいんです。どっちもお客さんの主な反応は『食べたい』ですけど、それでいいと思っています。食文化を担う魚たちの、生きた姿を感じてもらえればね」
かつて大江戸の魚河岸を飾ったマグロやカツオが泳ぐ姿。ここでは今も豊饒たる「江戸前の海」を眺めることができる。
江戸時代は多くが田園地帯だった隅田川周辺も、明治になると都市化が進み、隅田川の氾濫の際の住宅地の浸水被害が深刻になった。そこで明治から昭和初期にかけて敢行されたのが、現在の荒川となる幅500m、長さ22kmの放水路を掘削する超巨大な治水工事だった。現在も、荒川本流が増水すると、分岐する隅田川の上流部分の岩淵水門が閉じられ、下流の浸水を防いでいる。
荒川周辺の広大な河川敷は、付近の住民の憩いの場だ。休日はバーベキューや凧揚げを楽しむ人、釣り人などで賑わう。
そんな荒川を望む赤羽の街の一角に、都内で唯一の造り酒屋、小山酒造がある。
「大正時代にはもう一軒あったそうですが、昭和に入ってからは都内の造り酒屋はうちだけですね。世界最大の日本酒の消費地だから意外でしょうけど、なにしろ酒造りは土地面積がかかるので地価のせいかもしれませんね」
営業部長と工場長を担う田辺泰治さんが語る。明治11年の創業だが、現在のコンパクトな工場は低温醸造室で通年の仕込を可能とし、従業員とともに年間を通じて稼動するという合理的なシステムを取り入れている。
「赤羽は昔から地下水が豊富で、水もうまかったんですよ。だから川魚料理屋や豆腐屋、そば屋も多かった。もちろん、酒もです。昔は自然に湧き出す水で仕込んでいたそうですが、現在は地下130mから汲み上げた水で仕込んでいます」
秩父山系の浦和水脈の良質な伏流水は中硬水の性質で、酒に仕込むと切れのよい味に仕上がるのが特長だそうだ。
「今は水のPh値やミネラル分も調整できるので、技術的には全国各地の銘酒のクローンも作れます。でも、それをやっちゃうと『地酒』にならないでしょう。やはり、土地の水の性質を活かした手作りの味を目指しています」
通年生産ならではの鮮度の良さも自慢だという。冬期限定の活性にごり酒を味わせてもらった。微炭酸のシルキーホワイトのお酒は口当たりもよく、女性に人気だという。吟醸酒もすっきりとした味わいで、水を活かした個性を出している。「東京の地酒」を楽しめるのは、東京人にとってなかなか贅沢な幸せのではないだろうか。
東京ウォーターフロント散策の締めくくりに、月島から出る屋形船でのもんじゃ焼きに臨んだ。お台場までのクルーズと夜景を楽しみつつ、時間内での食べ放題、飲み放題という1時間40分のコースだ。
「はいっ、では、もんじゃ焼きの作り方を説明させていただきますね」
船頭さんのマイクアナウンスに従って鉄板に油を引き、餅を真ん中に置いて明太子を端に載せる。続いて餅をカエシで4等分に刻み、カップの中の野菜とだし汁を餅の上に載せる。餅と野菜を刻むように切りながら焼く。
なんだか猛烈に忙しい。周囲の家族連れやカップルたちもなにやら卓上バトルロワイヤルのような喧騒の中でもんじゃ焼きに勤(いそ)しんでいる。
ふと気がつくと、お台場の巨大な観覧車のイルミネーションが夜空に浮かび、水面に提灯のあかりを映した屋形船を見下ろしていた。未来都市・東京は、こうしていつも賑やかな喧騒を包み込みながら、はるかな時空の旅を続けていくのだろう。









