さっそくスポーツカイトを売っているお店に連絡をしてみると、今までまったく経験がない人が、すぐにカイトを揚げるのは容易ではないことがわかった。そのため定期的ではないが、カイトの講習会がひらかれているそうだ。今回、電話をして聞いたお店に取材をお願いしたところ、“スポーツカイトのワールドカップ"といわれている1998年度大会の世界チャンピオン・江見健二朗さんと田上千枝子さんを紹介してもらえることになった。ラッキ~! ん~、よく考えると、最初からそんな凄腕の人に教えてもらえるなんて緊張しちゃうなぁ。
そのチャンピオンが選んだ場所は、千葉県の九十九里。そこは最適な条件が揃っているようである。平坦で木や電柱などの障害物のないところ、なるべく人が少ないところ、風上に高い建物や樹木がないところが、安定した最高の風が吹くようである。
約束の日、白子海岸に出向くと、穏やかな海が広がる砂浜に、江見さんと田上さんが待っていた。しかし…「今日は風がないんですよ」と、江見さんはちょっと困ったように苦笑い。冬にしては珍しい無風状態である。海はベタ凪で、波はほとんどなく穏やかな釣り日和、おっと、今日はカイトだった。風があってこそのカイトは、風速3~5m程度が初心者には一番適しているそうである。
それにしても世界チャンピオンまでのぼりつめた2人は筋肉質で、相当、体力がありそうな雰囲気。凧揚げにそれほど体力や筋力が必要なのか、と不安になるほど。しかし聞けば、年齢に関係なく子供から高齢者までできるので、体力はそれほど必要ではないとのこと。なら安心。スポーツカイトとはいえ、凧揚げだもんね。運動神経ゼロの私はまだ不安だけど。
そもそもカイトは第二次世界大戦中に、実射訓練の標的に使用したといわれている。現在のビニールやナイロン素材のカイトが日本に輸入されたのは30年ほど前のことで、スポーツカイトとしては20年ほどとまだ歴史が浅いようだ。ところで、カイトを揚げる人のことを「フライヤー」と呼ぶとか。なんだか油を揚げる厨房機器みたいだなぁ。
風を待っている間、田上さんに基本を教えてもらうことになった。まずはカイトを組み立てるところからスタート。カイトは傘のようにまるめてあるので、それを広げ、芯となる棒(ロッド)をセイルと呼ばれる翼の中に差し込んだり、ゴムでとめたりして骨組みを作る。用意してもらったのは三角形をした『デルタ型』と呼ばれるカイトで、200~300gととても軽い。
ストラップを握り左右のラインを操作する。田上さんはいとも簡単にカイトを操るが、初めての人には難しい。細かい動きを指先で操作する場合もあるので、専用のストラップは必要だ。
思いっきり簡単な組み立てが数分で終わったあと、カイトを風下に置き、上部に結んだ2本のライン(タコ糸)を風上に向かって20mくらい伸ばす。伸ばしたラインの先端には、スキーで使うストックについているようなストラップ(ラインを操作しやすくするための握り布)をつける。
「このストラップを持って、ラインを操るんですよ。基本は脇をしめて、腕を前と下に動かします」と、田上さんは1、2と掛け声をかけながら、動作を教えてくれた。
1で両方の腕を前に水平に伸ばし、2で左右同時に下のほうへラインを引っ張る。このとき、1~2歩、後方に下がっていく。コツはラインを下に引くときに、適度な力を入れてビシッと引くことだそうだ。
この日は2時間待っても一向に風が吹いてくる気配がないので、仕方なく、超微風でカイトを揚げることになった。まず、風下にいる江見さんがカイトを砂浜に立て、ノーズ(三角形の頂点のところ)を軽くおさえOKサインを出す。それを合図に、風上にいる田上さんがストラップを握り、さっきの腕の動作をしながら少しずつ後方に下がっていく。するとカイトは勢いよく上にヒュィ~ンと舞い上がった。
地上から20mくらいだろうか。なめらかに、そして自由自在にカイトを操る田上さん。微風にのったカイトの滞空時間も長い。私はその場にくぎづけになった。カイトがこれほどまでに人とつながっている“一体感"を見たのは初めて。旋回したり、水平飛行したり、カイトはまるで生き物のようだ。飛ぶというよりも、舞っているというほうがしっくりくる。


